中国・重慶での東アジア選手権の取材を終えて、25日夜に帰国した。帰国早々、ロストバゲッジが発覚。この手のトラブルは99年、ロンドンからブダペストに移動したときに発生して以来の出来事である。災難ではあったが、海外での仕事をすべて終えてからのトラブルだったので、さほどストレスを感じることはなかった。
災難といえば、今回は取材中に負傷するという思わぬアクシデントに見舞われた。別段、コラムに書くような話ではなかったので触れなかったのだが、個人的にはある意味、貴重な経験だったので備忘録として書き留めておく。念のためお断りしておくが、決して面白い話ではない。
それは、女子の初戦・対北朝鮮戦が終わった夜であった。永川から1時間バスに揺られて重慶のメディアホテルに戻り、そこからタクシーを拾おうと玄関前に立っていた。折からの雨が強くなってきたので、屋根がある場所に引き返そうとしたとき、思い切り滑って左足腿を思い切り強打した。
最初に感じたのは、痛みではなく水の濡れた感触であった。暗かった上に床が黒い大理石だったので気が付かなかったのだが、玄関前に水を張った堀があったらしく(ただし柵を付けるとか、照明を当てるとか、そういった配慮が一切なかった)、そこに両足とカメラバッグを突っ込んでしまった。慌ててカメラバッグを引き上げ、それから痛みのため、しばし悶絶。だが一息つくと、何とか立ち上がることができたので、何とか骨折は免れたようだ。そのまま左足を引きずりながら、タクシーを拾って投宿先に戻った(幸い、カメラは無事だった)。
中国ではホテルやお店などでよく「小心地滑」という文字を見かける。「小心」とは、アテンション、つまり注意という意味。「床が滑るので注意しましょう」という意味らしい。砂漠から砂が吹き付けてくるからか、重慶はどこも砂っぽいので、服務員はいつも床をモップがけしている。なので、いつも床が濡れて滑りやすくなっているので、歩く際は注意しなければならない。だが、いささか疲れて集中力を欠いていた上、視界不良で雨が降っていたという悪条件が重なり、年甲斐もなく思い切り転んでしまう羽目になってしまった次第である。
同じホテルの同業者から湿布を分けてもらい、何とか痛みは収まったものの、その後はずっと足を引きずりながらスタジアムに通う日が続いた。「中国に来たんだからさ、ちょっと鍼治療してもらったら、すぐに治るんじゃないの?」と冗談を言う人もいたが、海外で、ましてや中国で外科治療を受ける勇気など私にはなかった。その後の1週間をなんとかやりすごして、帰国後に近くの整形外科を訪れることにした。医者は、こぶができた私の左足を見て「あー、これはひどいですねえ」と唸った。
診断の結果、骨には異常はなかったものの、牛乳瓶2本分の内出血をしていて、それがゼリー状に固まっているとのこと。「牛乳瓶2本分」と聞いただけで、血を見るのがダメな私はめまいがしそうになった。治療方法はふたつ。まず、切開手術をして、固まった血を取り除く方法(この場合、しばらく入浴できない)。それから、固まった血が自然に無くなるのを待つ方法(この場合、3カ月くらいかかる)。もちろん私は後者を選択した。風呂云々ではなく、とにかく痛いのが嫌だったからだ。
かくして、ここ数カ月は、片足を引きずりながら仕事を続けることになった。年齢的なものからか、回復が遅くなったような気もするが、それでもこの程度の怪我で済んでよかったと考えるべきなのかもしれない。
思えば今の仕事をするようになってから、海外で発熱したり、腹を下したりすることはあったが(いずれも1日寝ていれば治るものだった)、医者にかかるほどの負傷というのは今回が初めてである。幸い、今回は取材期間も短かったし、周りに親切な同業者もいてくれたが、これが1カ月以上のひとり旅であったなら、かなり心細い状況になっていたことだろう。
この3月で42歳になる。これまで以上に、健康に気を遣いながら、とくに海外では「小心地滑」の気持ちを保ち続けようと思う。
|