今月20日、日立台で起こった事件については、結局のところ「何もなかったかのように」Jの激しい首位争いの彼方に追いやられそうな情勢である。私はあの場に居合わせた者ではないが、正直なところ、何とも釈然としない思いでいっぱいである。
何が釈然としないのか? それは、本件に関して当該クラブから「加害者の特定」「無期限の観戦禁止」といったアナウンスがなされたものの、Jリーグからの毅然とした声明と断固たる措置がまったくといってよいほど伝わってこないことに尽きる。事件の重大さを考えると、これはどう考えても不自然である。
例えば、である。今年、某クラブの五輪代表GKが「イエロー(カード)わざともらいました」とブログに迂闊な書き込みをして厳重注意を受けた。昨年にも、某クラブがACLとの兼ね合いからJの試合にメンバーを大幅に入れ替えたところ大問題になった(実際には「ベストメンバー規定」には抵触していなかったのだが)。これらの事例からも分かるように、Jリーグは“モラル”に反することに対して、常に迅速かつ厳粛な態度で臨んでいる――ように思われた。にも拘わらず、今回に関しては一転して「穏便に済ませたい」という空気しか伝わってこない。何故か。相手が悪いと思ったのか。それとも事の重大さに恐れをなしたのか。いずれにしても、釈然としないのは私だけではあるまい。
今回の事件は、今年5月に埼玉で起こった事件の比ではないと考える。5月の事件では、ホーム側のクラブに2000万円、アウェー側のクラブに1000万円の制裁金が課せられている。だが今回の場合は“加害者”側に「偶発性」以上の意図が濃厚であることから、単に「制裁金を増やせばよい」という話では収まらないだろう。となると、あとは無観客試合、あるいは勝ち点はく奪というペナルティしか考えられない。いずれも、Jリーグでは前代未聞の制裁。実際にこのカードを切れば、Jリーグそのものにとっても相当のスキャンダル、あるいはイメージダウンになることは間違いない。
できることなら、この最後の「切り札」は切りたくない――そうした躊躇いが、今回のJリーグの煮え切らなさの背景にあるのではないか。
実際問題として、今回の事件については、当事者の誰もが「できれば、ここは穏便に」と考えたくなるだろう。“加害者”側はもとより“被害者”側もホームの警備についての落ち度を追及されかねない。となれば、むくむくとドス黒い妥協案が持ち上がるのは不可避である。
そもそも、被害をこうむったのは選手ひとりだし(しかも外国人)、とりわけ甚大な被害を負ったわけでもない。その後の大旗の大移動(明らかに相手のコーナーキックを妨害しようしていた)についても、誰かを傷つけたわけではない。両チームのサポータ同士の衝突についてはどうか? その程度の「小競り合い」は過去にもあったではないか。
かくして事件は「何もなかったかのように」風化されてゆく――。とはいえ、暴力への鈍麻と事なかれ主義は、事件を急速に風化させる代わりに、間違いなく手痛いカウンターを受けることになるはずだ。断言してもいい。
現在“加害者”側のサポーターは、名物(あるいは事件の象徴)と言える大旗を振りかざすことを自粛している。それを見て、ふと思い出したのが、昨年にパレルモのホームゲームを観戦したときのスタンドの光景である。
この年の2月、カターニア対パレルモのダービーで暴動が発生し、ひとりの警官が死亡。主催者側だったカターニアは以後、しばらくの間ホームゲームの開催を禁じられ、アウェーだったパレルモのサポーターは横断幕や発煙筒を自粛した。それから1カ月後の試合では、パレルモのサポーターが、チームカラーでもあるピンクの風船を次々に飛ばしていた。おそらくは、スタジアムの暴力追放を願ってのパフォーマンスであったのだろう。なかなか感動的な光景ではあった。が、あの中に事件を真摯に反省し、亡くなった警官とその家族について想いを巡らせた人が、果たしてどれだけいたのか。傍から見ているだけでは、よく分からなかったというのが正直な感想である。
ちなみにパレルモ滞在中、何人かの地元サポーターに「事件について知っていることを教えてほしい」と尋ねてみたのだが、彼らの答えはまるで判で押したかのように同じものであった。
「俺は何も見ていないし、新聞で書かれてあること以外のことは知らない。他を当たってくれ!」
これと似たようなフレーズを、最近の日本でもよく目耳にするようになった。私たちは、もう後戻りできないところまで来てしまったのかもしれない。
【付記】
本稿は、特定のクラブ及びそのサポーターを糾弾するために書かれたものではない。非難されるべきは、あくまでも「スタジアムの暴力」であり、まっとうなバランス感覚を欠いたJリーグの対応である。しかし同時に、事件に直接関与していないクラブのサポーターも、昨今の悪しき流れは決して他人事ではないことを、どうか肝に銘じていただきたい。
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