予告編「フットボールの犬」
2009.10.30 Friday
  申し訳ない。前回、前々回に続いて、新著「フットボールの犬」について書かせていただく。千葉で行われた全社(全国社会人サッカー選手権大会)たけなわの19日、ようやく最終稿を担当編集者に手渡して、作品は完全に著者である私の手から離れることとなった。思えば今年1月からプロジェクトがスタートし、10年分の資料やら原稿やらフィルムやらをかき集め、あれこれ悩みながら台割にはめ込んで全体のボリューム感をイメージし、そして何度も加筆修正を加えながら可能な限り完成度を高めていく日々が続いた。途中、海外取材で家を空けている期間を除いて、机に向かうほとんどの時間をこの作品を仕上げることに費やしていたように思う。そうした作業からやっと解放されたのだ。今はただ、密やかな充足感と若干の寂寥感に浸っている。

 あらためて、本書を世に送り出す意義について、自分なりに考えてみたい。
 前作「股旅フットボール」は、私にとって初めてとなる国内のサッカー事情を扱ったものであるが、どうもこのところ「宇都宮徹壱の仕事」といえば「日本代表」と「地域のサッカー」というイメージばかりが強くなってしまったような気がする。もちろん、代表にしても、地域リーグやJFLにしても、私にとって重要なテーマであることは言うまでもない。が、そもそも私がフットボールというジャンルで作品を発表する契機を与えてくれたのは、バルカン諸国での取材経験だったし、その後も東欧や旧ソ連諸国を中心にヨーロッパの辺境地をほっつき歩いては、事あるごとに現地でのフットボール事情をレポートしてきたのである。

 だが、02年に「ディナモ・フットボール」(みすず書房)を発表して以降、これらヨーロッパの仕事について一冊の本にまとめる機会がなかなか恵まれず、そうこうするうちに先に「股旅」が世に出た次第である。もちろん、日本にベースを置いて仕事をしている以上、いずれは「日本サッカーをテーマに一冊まとめてみたい」という思いは常に持ち続けていたわけだが、その一方で「ディナモ」からこぼれ落ちたヨーロッパでの旅の物語についても、何とかスポットライトが当たる場所に引っ張りだしたいという思いは募るばかりであった。

 その機会を待ち続けるうちに季節は移ろい、ようやく今年に入って出版の話が具体化した。ここで強調しておきたいのは、今回の出版が実現したのが、版元である東邦出版が「股旅」を評価してくれたことである。実際、あれだけマイナーなテーマだったにもかかわらず、当初の予定を上回る反響があったことについては、支持していただいた皆さんにあらためて感謝申し上げる次第。結局のところ、われわれの世界もまた「意義のある仕事」を続けるためには「数字」で結果を出していくしかないのである。換言するなら、どんなにマニアックな内容であっても、商業的な最低限のハードルはクリアしなければならないわけで、そのチャレンジは新著「フットボールの犬」でも引き継がれることになる。

 この「フットボールの犬」は、私にとって過去10年のヨーロッパ取材の集大成である。と同時に、期せずして私自身の10年間を振り返る作品にもなっている。思えば10年前の私は、今とは随分違った環境の中で仕事をしていた。当時はまだ結婚する前で、家賃5万5000円の風呂なしの下宿(というか暗室兼仕事場)で暮らし、撮影はもっぱらモノクロフィルムで、友人から借りっぱなしのパソコンでダイヤルアップによるネット接続に四苦八苦していた時代であった。今よりもずっと劣悪な環境でありながら、それゆえに、今では考えられないくらいの好奇心と悲壮感をもって海外取材に出掛けていたようにも思う。その後、私もそれなりの経験と実績を積み、当時のような気分を再現することなど、ほぼ不可能に近い。どんな世界でも、経験を得ることで何かを失う。そうした中で問われるのは、どれだけベストを尽くしたか、なのだと思う。

 最新作「フットボールの犬」は、私のこの10年の仕事の集大成であると同時に、この10年間のトライ&エラーの中から紡ぎ出された私自身の旅の物語でもある。書店で見かけた際、手にとっていただければ幸いである。


「フットボールの犬 欧羅巴1999−2009」(東邦出版 本体1429円+税)
目次

「フットボールの犬」とは何か
vol.01 死者を巡る物語 スコットランド 1999年・春
vol.02 エメラルドの島にて アイルランド 1999年・夏
vol.03 黒いポーランド人 ポーランド 2000年・夏
vol.04 大空位時代 ユーゴスラヴィア 2002年・秋
vol.05 ペルソナリテ イタリア 2002年・秋
vol.06 美しき未来へ オランダ 2003年・春
vol.07 羊の島に生まれて フェロー諸島 2003年・夏
vol.08 バルティックカップ エストニア 2003年・夏
vol.09 テロとの共存 トルコ 2003年・秋
vol.10 少年アンドリーの原風景 ウクライナ 2004年・春
vol.11 天国と地獄の間に スイス/トルコ 2005年・秋
vol.12 今は亡き祖国の記憶 旧DDR 2005年・冬
vol.13 ナントからニュルンベルクへ クロアチア 2006年・春
vol.14 沈黙の掟 シチリア 2007年・春
vol.15 島嶼化の風景 マルタ 2007年・春
vol.16 変わるものと変わらぬもの ロシア 2009年・夏
あとがき

(帯より抜粋)
「辺境地、ほっつき歩いて早10年」
マイナー好きにもほどがある
「犬」=徹壱のヨーロッパでの“ディケイド”ここに結実

 
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