早いものでワールドカップも、残りあと11日となった。昨日まで24チームが大会を去り、その中にはもちろん日本も含まれている。昨日(29日)、プレトリアで行われたパラグアイとの試合は、0−0のまま延長戦でも決着が付かず、ついにPK戦に突入。相手が5人全員が成功したのに対し、日本は3人目の駒野のキックがバーを直撃してしまい、武運つたなくベスト8の壁を破るには至らなかった。勝算が十分に考えられる試合内容だっただけに、残念といえばあまりに残念な結果。しかしながら、私は今回の日本代表の戦いぶりを十分に満足している。
大会前、私が代表に求めていたのは、グループリーグ突破でも、ましてやベスト4でもなく、とにかく「やりきること」であった。持てる力のすべてを出し切って「やりきること」ができたなら、それこそ私はグループリーグ「3戦全敗」でも構わないとさえ思っていた。しかし実際には、彼らは「やりきること」でグループリーグの重い扉をこじ開け、ベスト16という堂々たる結果を残したのである。ただ、そこから先に関しては、今回の代表は戦術的・戦力的オプション、そして世界大会における経験値があまりにも足りていなかったように思える。その意味で、今回のベスト16という戦績は妥当であり、なおかつ十分に評価されてしかるべきであろう。
それにしても長い、本当に長い4年間であった。今回の日本代表の快挙については、岡田監督時代の2年半に限定して語られる傾向が強いようだが、私としてはドイツでの惨敗を受けて誕生した、イビチャ・オシム監督時代から振り返るべきだと思っている。ここで初めて「日本サッカーの日本化」というテーゼが公表され、「日本人はもっと自信を持つべきだ」「日本には日本ならではの戦い方がある」といった方向性が示された。ヨーロッパや南米のモノマネではなく、まさに日本オリジナルで日本にしかできないスタイル。結果として、オシム監督から岡田監督にバトンが受け継がれることで、そのアプローチや方法論は少なからず変更はあったものの「日本サッカーの日本化」というテーゼそのものは変わることはなかったと思う。もちろん岡田監督の功績は大いに認めるが、その前任者の功績についても、決して看過すべきではないだろう。
さて、すでに岡田監督は「続投の意思がないこと」を明らかにしている。この2年半で全身全霊を傾け、これだけ立派な結果を残したのだから、極めて現実的かつ賢明な判断であろう。しばらくはゆっくり体と心を休めて、いずれまた今とは違った形で日本サッカー界のために貢献していただければと思う。そこで気になるのが、次期代表監督はどんな人が、どんな方向性を示すかである。一部報道では、今大会でチリ代表を率いたアルゼンチン人のマルセロ・ビエルサの名前が挙がっているようだ。稀代の「戦術おたく」であり、守備偏重の傾向が強い今大会にあって、あえてリスク覚悟のアグレッシブなスタイルを貫いたという意味では、日本のサッカーファンとの親和性は期待できそうな気がする。ただし「内容よりも結果」という世論が一般化しつつある今、ビエルサのような理想主義者がどれだけ受け入れられるか。それこそ、かつてのフィリップ・トルシエのように、常に解任の危機にさらされる可能性も、決して否定できないだろう。
個人的な見解を述べるなら、今大会が「内容よりも結果」を実現させたのだから、4年後はさらなるステップアップを期する意味で、あえて「結果よりも内容」というアプローチがあってもよいように思う。ただしそれは「日本サッカーの日本化」という方向性の継続が条件だ。と同時に、育成の分野にも一石を投じるような、広範で長期的な視野を持った指導者が望ましい。そして、やはり外国人であること。日本の指導者がダメというわけではない。そうではなく、あえて協会と摩擦を起こしながら、これまで日本になかったプラスアルファをもたらすという意味で、やはり異文化のバックグラウンドを持った指導者のほうが、より好ましいと考える。そうして考えると、ビエルサという選択肢は悪くないと思う。もちろん、実現の可能性がどれだけあるかは、いささか疑問ではあるが。
|